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力の抜き方

昨日は通背拳(つうはいけん)の日でした。

8月から習い始めた中国武術で、しなやかな動きを特徴としていて私のように筋力のない人でも扱えるとのことですが、余計な力が入ると足腰を使った回転運動や体重移動による力の伝達がうまくいかないのです。

そのため筋力を鍛えてどうこうというよりは“力の抜き方”や“力の伝え方”を覚えることが大事なようですが、これがなかなか難しい!



ところで私はかれこれ4年ぐらいボイストレーニングを受けておりますが、発声においても力任せではうまくいかず、上半身、特に首周りの筋肉を強ばらせないことが重要です。

高音発声に用いるミックスボイスなどは実は針に糸を通すような繊細なテクニックで、声帯周りのインナーマッスルのコントロールを身体に覚え込ませる必要があります。

完全に脱力してしまっては歌えないので、ここでも大切なのはやはり必要最小限の力で最大限の力を発揮するための“力の抜き方”です。



最近よく思うのですが、この必要最小限の力で最大限の力を発揮するための“力の抜き方”はあらゆる局面において重要なのではないでしょうか?

日々の仕事においても、常に気を張り詰めていてはここ一番で力を発揮することなどできないでしょう。


“マルチタスク”などという芸当が可能な人も、きっと瞬間瞬間ではシングルタスクに徹していると思うんです。

それは“集中力”という言葉で言い換えることも可能だと思いますが、
要は“いかに関係ないことに囚われないようにするか”という“力の抜き方”でしょう。



老荘思想には、

「あれもした方が良いんじゃないか、これもした方が良いんじゃないか」ではなく、

「あれもしなくて良かったんじゃないか、これもしなくて良かったんじゃないか」

という考え方があります。

私が実践している自然農はまさにここに根ざしております。


近代農法などは“もっと、もっと”と願ってしまったがために大いなる無駄をしていると言えるでしょう。

たとえば“耕す”という行為ひとつをとっても…

耕すことでそこに生きる命達の営み、巡りを絶ってしまう
そうすると肥料分が供給されなくなるから人間が補給しなくてはならない
そうするとそこのバランスが崩れるから病虫害が発生しやすくなる
それを抑えるために農薬を使わざるを得なくなる



耕すことをやめれば、

そこに生きる命達の営み、巡りによって十全な畑になっていく
そうすると肥料が必要なくなってくる
そうすると農薬が必要なくなる


自然農というとどこかストイックな印象を持たれる方もいるようですが、
実は必要最小限の力で最大限の結果を出せるという意味では非常に合理的です。

(この最大限の定義が結構大事なのですが…)

これもやはり“力の抜き方”なのです。

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