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“答え”を生きる

一昨日、映画「モンサントの不自然な食べもの」を観てまいりました。


アメリカのアグロバイオ(農業関連バイオテクノロジー)企業であるモンサント社が手がける、人体や生態系に悪影響のある遺伝子組み換え作物、枯葉剤、農薬、PCB、牛成長ホルモンなどに関する問題の実態を暴いたドキュメンタリー映画です。

詳細は映画をご覧いただくとして、問題となっているのは“1ドルの利益も無駄にするな”という精神のもとに国家ぐるみ、そして世界規模で展開されている不正な制度の操作による支配構造です。


以前ご紹介した映画「Thrive」では金融エリート達による世界支配の構造と、我々がそこから抜け出しさらに進化していくための方法が示されておりましたが、今回は“タネ”による世界支配に焦点を合わせて深く掘り下げた内容となっています。



映画を観た後の感想としては、“危機感を煽り、モンサントや関連する組織を悪として批判する”ところで終わってしまっていて、根本的な解決法については言及されていないので、映画の方向性としてはやや危険だなということでした。


日本でも原発反対運動のデモを行っている方々がいらっしゃいます。

こういった行動が間違いだとは言いませんが、危険だとは思います。


ある問題について“敵”をつくって批判や攻撃をしているうち、本来の目指すべきものを見失い、いつしか相手を打ち負かすことそのものが目的になってしまうことはよくあります。


それよりも私は、一人ひとりが自分で考え、自分でその“答えを生きる”ことが何より重要なのではないかと思います。


私にとってはノコ鎌を持って自然農の畑に立つことは“答えを生きる”ことに他なりません。

でもそれをしない人を咎めはしないし、それを大々的に広めようとも思いません。


それは、あくまで変えられるのは自分だけであり、他人を変えることは出来ないからです。

“隣の人を、世の中を変えようとしなくても良い。
自分の足元を何とかすれば良い。
ひとりひとりが自分の足元を何とかしていれば、世の中は変わる。”

自然農の川口由一さんの教えです。


先の他人を批判する姿勢や行動は、「どうしてあなたは~してくれないの?」といった“問を生きる”ことに終始してはいませんか?


“答えを生きる”ことは“答えを語る”よりはるかに難しいですが、
しかしながら“問を生きる”よりは幸せになれる、そんな気がします。

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